舌側矯正(裏側矯正)の一番の問題は装置と装置の間の距離が表側に比べて短いということにあります。この距離の事を"インターブラケットディスタンス"といいますが、アーチ型に並んでいる歯列の外側と内側では歯の厚みの分だけ、内側が小さなアーチになります。
装置間の距離が狭いうえに、そこを通るワイヤーにベンドを入れるわけですから、下手とするとワイヤーと装置がぶつかって歯が動かなくなってしまうのです。犬歯や大臼歯のインセット(内側への入り込み)によってそうした問題が起きやすく、それがなければ裏側からの矯正も外側と同じようにどんなに楽だろうと思ったものでした。
第1世代となる装置が完成したのは1995年で、"リンガル ストレート ワイヤー"の頭文字を取ってLSWと名付けました。私が最初にデザインした装置で、舌側矯正(裏側矯正)では初めてストレートワイヤーを導入し、ドクターを悩ませていた複雑なワイヤーベンドの作業から解放しました。
完成した装置を初めて着けたのは当時勤務していたKドクターでしたが、翌日はうどんも食べられないほどの痛みだったといいます。Kドクターの場合は歯が小さいということもあって装置間の距離が狭まり、矯正力が強く働いたのだと思います。ドクターにとってはたいへん迷惑な話ですが、昔の装置と比べられるからこそ、今の装置がどれだけよくなったかがわかるとKドクターは自身のブログにも書いてくれています。
LSWは装置とワイヤーの結紮が複雑だったので、よけいに時間もかかり、そうした作業をすべて裏側から行うのはドクターも患者さんもたいへんな根気を必要としました。
第2世代、第3世代、第4世代と、装置を試作しては2、3症例くらいずつ当院のスタッフに実際に着けてもらって改良を加えていくということを繰り返して、98年に第5世代が完成しました。
LSWでは装置を小型化することで患者さんの負担を軽減すると同時に、ワイヤーを入れる溝(スロット)と歯面との距離をできるだけ短くすることで矯正力をよりソフトにすることに成功しています。ワイヤーが通る位置が歯面に近ければ近いほど、ワイヤーのアーチが大きくなるのでそれだけ矯正力が弱まります。逆に歯面から遠ければアーチが小さくなるので矯正力が強くなるわけです。矯正力が強いと患者さんの痛みの原因にもなりますから、できるだけ弱い力でコントロールしながら歯を動かしていくのが理想なのです。そのためにブラケットをできるだけ薄くして、ワイヤーが歯面の近くを通るようにし、かつ違和感のないようにと工夫しました。
のちに開発となるS.T.b やALIASもこのLSWのコンセプトを引き継いでいます。いずれもカンノという日本の工場に製作をお願いしていて、カンノの社長と試行錯誤を重ねて完成させています。
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